人出の数と距離のもやもや

歩いている場合ではない,ここはTechブログだった。

 

「最低でも7割、できれば8割」の接触減を求められていますが,ちょっともやもやしませんか? 「外出自粛後,渋谷では53.5%の人出にとどまり,8割減には程遠いです」 なんてニュースで言っていますが,密度と距離を混同しているような・・・密度は距離の2乗の要素が入っているので,距離は密度の逆数(比容)の平方根の項で決まるのでは?

だいたい7~8割減という数値はどこからでてきたの?

 

そういうわけでちゃんと計算してみましょう。機械学習では距離の概念は大事です。

(数式モードが使えないのでTexの記法ですみません,そのうち数式が書けるようにします)

まず,あるスペースにランダムに人を散らすことを考えましょう。ここで散らす人数が人出です。そのとき最終的に3密をつくらない距離―つまり各人のとっての最小距離の平均がどうなるか問題です。力任せにシミュレーションでやってみてもいいのですが,単純にやると計算オーダがN^2になるのであまりスマートではないです(だれかやってみてください)。ここは理論で考えます。

 

あるスペースに密度ρでランダムに人を配置すると,その人同士の距離はポアソン分布に従います。このとき,ある1人を自分としましょう,自分と最も近い人と距離について考えます。誰かが近くにいるということは,「自分を中心に半径rの範囲には人がいなくて,その円のすぐ向こうに外に人がいる」という状態です(r≒0というケースはうらやましい考えません)。その確率を考えましょう。

(1) 円の内側(パーソナルスペース)に人はいないので ポアソン分布の変数が0の場合です。面積は半径rの円なので,確率は e^{-πr^2ρ} です。

(2) その少し外側r+drに人がいる場合を考えます。もしかしたら2人以上いるかもしれないので,0でない確率を考えます。dr→0の極限をとると 1-e^{-2πρr dr} です。さらにrの外側には人がたくさんいるでしょうから,1-e^x-x という近似が成り立ちそうです。そうなると2πρrdr というシンプルな式になりました。 

今想定している状態は1と2の同時確率ですから 2πρr dr e^{-πr^2ρ}が求めたい確率の近似です(通信理論をやっている人はおなじみのレイリー分布と同じ形です。導出も似ています)

確率分布がわかったので,rの平均値を積分で求めます(平均距離ではなく,最小距離の平均です)。ここは高3の数学でもにょもにょすると,結果 r= 1/2 sqrt(1/ρ) となります。予想通り,比容の平方根がでてきました。

(やってみるとあたりまえですが)ρが8割減となると r2.236倍になります。ρが7割減であれば1.82倍です。密度が半分で1.4倍です。密度が半分になれば距離が2倍になるように語る人がいますが,それは間違いです。2倍にしたいのであれば7割から8割減が必要です。このあたりが密度減の目標値として設定されている理由かもしれません。しかしソーシャルディスタンス(2m)内に入る人数との関係は最初のρが支配的です。もともと50cmの距離にいた人を引き離すには8割でもダメですし,もともと2m離れているならば減らす必要は(理屈上では)ありません。当たり前ですが,密度が何割減という感覚でで,どこの駅は達成できていて,どこはダメだみたいな議論は,考えるべき距離の話とは感覚的にずれてきます。さらに駅や建物で立体に分布にしている場合は,総延面積で密度を考えるべきかもしれません。そういうわけで雰囲気で出るな出るなというのではなく,ちゃんとデータをもとに分析しないといけないなと思います(出ないに越したことはないですが)

 

追記: 上の理屈は静的な性質について述べていますが,実際には群集は動いているので,その動力学を入れるとまた違った振る舞いになると思われます。ずいぶん昔の仕事ですが https://ieeexplore.ieee.org/document/1241047 で行ったシミュレーションで,創発的なクラスタの形成により移動のロスを減らす行動をとることを示しています。前の人にできるだけ接近することで流れに乗れるってやつですね。その場合はポアソン分布ではなくなります。ベキ分布になるのかな? そういうわけで STAY HOME!